忘れ得ぬ戦士たち

(1) フレディ・リトル(米国)

戦慄の右クロス,”史上最強の高校教師”

 生年月日  1936・04・25
 出身地  米国ルイジアナ州ニューオリンズ
 プロデビュー  1957・04・05
 ウェイト  ジュニア・ミドル級
 主要タイトル  WBA世界ジュニア・ミドル級
 タイプ  右ボクサーファイター
 終身戦績  57戦50勝(32KO)6敗1NC
 主武器  左ジャブ,右クロス


 リトルは69年9月にジュニア・ミドル級の王者として来日した黒人ボクサーです。大阪で初防衛戦を行い,南久雄(中外)の挑戦を2回KOで一蹴しています。当時は本場の重量級の試合を見るチャンスが少なく,私にとってリトルはある意味でカリスマでした。
 どちらが本業なのか不明ですが,世界チャンピオンでありながら,かつラスベガスの高校の現役体育教師でもあり,それが話題になりました。”史上最強の先生”というわけですね。
 一方の南は日本ウェルター級のほか,ウェルター級とミドル級で東洋二冠を制覇したベテランです。元世界王者・金基洙(韓国)とは1勝1敗,龍反町(野口)やムサシ中野(笹崎)にも勝っている関西期待のテクニシャンです。
 後年,関西からは渡辺二郎(大阪帝拳),六車卓也(大阪帝拳),井岡弘樹(グリーンツダ),辰吉丈一郎(大阪帝拳)らの世界王者を輩出しましたが,当時は関東とのレベル差が大きく,南は関西のジムから初の世界挑戦を果たしたボクサーです。

 南のいぶし銀のようなテクニックに期待がかかりましたが,試合は一方的なものになりました。開始早々からリトルの閃光のような左ジャブ,ストレートだけで南のアゴが何度も跳ね上がり,観衆が『これは品物が違う』と気付くのに時間はかかりませんでした。
 案の定,2回に入り,リトルの左ジャブから右クロスのワンパンチで南は深々とキャンバスに沈みます。タイミングもスピードも踏み込みも,これ以上ない最高のパンチでした。仰向けに倒れた南が立ち上がろうとして力なく空中に手を伸ばす姿に,私はなんとも言えない戦慄を覚えました。ボクシングを見て恐いと思ったのは,後にも先にもこの一戦だけです。あまりの凄みで,背中に悪寒が走ったことが忘れられません。当時,我が家のテレビはまだ白黒でしたが,そのモノクロームの映像が恐怖感を倍増させたのかも知れません。
 試合前の予想は圧倒的にリトル有利でしたが,あまりにも大きかった力の差に,改めて本場の重量級の凄さを痛感しました。

 この試合の2日前には,世界フェザー級王者・西城正三(協栄)が札幌で2度目の防衛戦を行い,挑戦者のホセ・ルイス・ピメンテル(メキシコ)を2回KOで退けています。報道陣は3日間でわずか合計4ラウンドの世界戦を取材するために札幌から大阪まで移動を強いられました。それも大きな話題になりましたね。
 リトルは3度目の防衛戦でカルメロ・ボッシ(イタリア)に王座を明け渡し,輪島公一(三迫=のち功一と改名)がボッシを破って,日本にこのクラス初の世界タイトルをもたらすという流れになるわけです。輪島の戴冠はリトルの来日からちょうど2年後です。
 正直なところ,この当時の輪島ならリトルと直接やらなくて幸運だったかも知れません。確かに後年,ミゲル・デ・オリベイラ(ブラジル),オスカー・アルバラード(米国),柳済斗(韓国)らとの死闘によって輪島の評価は不動のものになりますが,リトルの来日当時は日本王者になったばかり。あの変則的なボクシングは”ガムシャラ”と言われ,世間からはほとんど評価されていなかった頃です。もちろん,リトルと対戦しなかったことで,輪島が残した功績が薄くなるというものではありません。それほどリトルが強かったということです。
 リトルvs.南戦については”リングジャパン”からビデオが市販されています。興味のある方はぜひご覧になってください。


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