MAOMIEの・・・前向きに”拳闘”します


 このコーナーではボクシングに関するあらゆることについて感じたままを書いてみます。御意見・反論など大歓迎です。掲示板上にお寄せ頂ければ幸いです。

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タイトル 掲載日
 アナウンサーへの思い
   〜基本的な情報をこぼすな〜
2003.08.11
 解説者に望むこと
   〜見えないファインプレーを伝えよ〜
2003.08.11
 ローブローはなぜ見落とされたのか
   〜プロスパー松浦vs.川端賢樹戦を検証する〜
2003.09.15
 10.4 国技館決戦を総括する
   〜ボクシング人気復活に向けて〜
2003.10.13
 大事に育てるということ
   〜切磋琢磨する仕組みを〜
2003.11.03
 解説者は自らの採点を提示せよ
   〜世界的採点傾向の浸透に向けて〜
2003.11.08
 判定問題を考える
   〜もう一度基本に立ち返れ〜
2003.11.30
 出たい人より出したい人を
   〜世界挑戦資格審議委員会を設置せよ〜
2004.03.13
 主催者は終了時間に配慮を
   〜底辺拡大のために〜
2004.09.05
10  ゲストの起用は慎重に
   〜試合の映像は国の宝〜
2005.08.20
11  カード変更は確実に広報を
   〜最低限の礼儀〜
 
2006.02.12
12  審判員の安全確保を
   〜ブレイクの手順は明確であるか〜
2007.08.05

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(1) アナウンサーへの思い
〜基本的な情報をこぼすな〜


 私は実況をするアナウンサーに人一倍のこだわりがあります。過去の名勝負は目と同時に必ず耳からもインプットされるからです。ファイティング原田なら山田祐嗣アナ(フジテレビ),小林弘,西城正三,大場政夫なら本多当一郎アナ(日本テレビ)の名調子に乗って,私の脳味噌の襞ひとつひとつに刻み込まれているわけです。特別に意識しなくても,耳から叩き込まれていますからね。アナウンサーがどんなことを言った瞬間にKOパンチが決まったかまで記憶しているほどです。
 それはボクシングに限ったことではありません。東京五輪の開会式や札幌五輪のスキー・ジャンプ”日の丸飛行隊”なら北出清五郎アナ(NHK),東京五輪の女子バレーボール”東洋の魔女”なら鈴木文弥アナ(NHK)・・・・・という具合に,名場面と名調子とは絶対に切り離すことができません。
 私がアナウンサーにこだわるのはそういう理由です。特に最近のプロボクシングは放送枠も狭まり,活躍の場を奪われたこともあって,いいアナウンサーが育ちにくい環境にあります。選手だけがいくら頑張っても,いいアナウンサーが育たないとダメですね。

 どこのホームページでも,最近のアナウンサーに対する批判には厳しいものがありますね。サッカー中継の『ゴ〜〜〜ル』という絶叫の影響か,ボクシングでも『ダ〜〜ウ〜〜ン』などと長く尾を引く絶叫が臨場感タップリだと勘違いしているアナウンサーを見かけます。
 しかし,その割りに肝心なこと,最低限必要なこと,つまり基本的な情報を伝えてくれないケースが目立ちますね。例えば,公式採点の結果(ジャッジペーパー),KOなのかTKOなのかの区別,KOタイム,KOがあった場合にはそこまでの採点結果,カットがバッティングによるものなのか有効打によるものなのか,試合が中断した理由,審判員の構成,両者のウェイト・・・・・などです。これらの基本的な情報を伝えること,それだけでは十分ではありませんが,それは絶対に必要なことです。一見つまらないことのようですが,これをルーチンワークとしてしっかり実行して欲しいと思います。

 端的な実例で説明しましょう。
 まず,2003年7月5日のリチャード・レイナ(ベネズエラ)vs.ディンド・カスタニヤレス(比国)戦です。
 これは私も会場で観戦していましたが,開始早々から赤コーナー下でベネズエラ人のトレーナーらしき人がフラッシュを使って写真を撮影していました。第1ラウンドの1分過ぎ,内田主審が試合を中断させて,赤コーナー下の人物を『NO FLASH』と制した場面。私が観戦していた位置からでも内田主審の『NO FLASH』という声が聞き取れましたが,テレビの画面だけでは何が起こったのかよくわかりません。しかし,テレビで確認したら,実況を担当したアナウンサーがすかさず何が起きたのか・・・つまりフラッシュを使って写真撮影していた人に主審が注意したことを手短に説明していました。
 次は同じ試合の第2ラウンド。内田主審が再度割って入ります。これは『フン,フン』と声を発しながらパンチを放つレイナ選手に対する注意です。私はちょうど真横から観戦していたので,内田主審が右手の人差し指を自分の口に当てて,『声を出すな』というジェスチャーで注意を与えたのがよくわかりました。しかし,テレビで確認したところ,内田主審の背後からの映像であり,画面だけではやはり何が起こったのかわかりません。この場面もすかさずアナウンサーが中断の理由を手短に説明していました。
 いずれの場面も,試合の結果そのものには影響しない中断です。アナウンサーが状況説明に要した時間もわずか数秒です。しかし,説明がなかったとしたら,テレビ観戦では何で試合が中断したのか全然わからなかったと思います。この数秒間の手間を惜しまないで欲しいと思います。
 こういう場面でのちょっとした説明がないと,テレビを見ている側は大した場面でもないのに後々まで引きずってしまい,試合に集中できなくなるんです。説明してくれれば,見ている側は『そういうことだったのか』と納得して,すぐに次の展開に神経を集中できますね。アナウンサーのちょっとした配慮が,テレビを見ている側を安心させ,試合に集中させるという典型的な例ですね。

 一方,2003年5月19日の江口慎吾(大橋)vs.佐々木基樹(協栄)戦。
 放送はリングアナウンサーによる両者の紹介が終わり,両者がリング中央で主審から試合前の注意を受けている場面からON AIRになりました。まず,これでは両者がどんなウェイトでリングに上がったのかが視聴者にはまったくわかりません。また,5回に江口がTKOで勝ったことは御存知だと思いますが,実況を担当したアナウンサーはフィニッシュタイムはおろか,KOだったのかTKOだったのかの区別,それさえも伝えていません。これではダメなんです。綿密な取材をして,試合中にいくら気の利いたことを話しても,基本的な情報を伝えていなければ,すべてが水泡に帰してしまうんですね。
 それから,公式採点の結果をまったく伝えないアナウンサーも目立ちますね。公式採点の結果を発表しているリングアナウンサーの声にかぶせるように関係ない話をしているアナウンサーまでいる始末です。これはホントに困りものです。ぜひ改めて頂きたいです。

 当たり前のように存在する実況アナですが,考えてみればこれほど重要なポジションはないですよね。
 私は音楽も趣味のひとつで,同じ曲を違う演奏者やアレンジによるCDで比較するようなことが好きです。どんな名曲も演奏者やアレンジが変わると印象がまったく変わってしまいます。同じ曲なのに,アレンジが気に入らず,せっかく買ったのに幻滅してお蔵入りしているCDがいっぱいあります。曲がよくても,それを引き出す演奏者やアレンジがダメでは魅力は半減してしまうんです。いい料理が,料理そのものの味だけでなく,香り,色,盛られている器のデザインなどの要素が加わってこそ価値を放つのと同じだと思うんですが,どうでしょうか。


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(2) 解説者に望むこと
〜見えないファインプレーを伝えよ〜


 当たり前のように存在するテレビの解説者って何でしょうか。
 最も身近な野球の例で考えましょうか。同点で迎えた9回裏1死,1点もやれない走者3塁の場面を想定してください。
 まず,この場面で打者が外野フライを飛ばしたと考えてみましょう。当然,3塁走者はタッチアップで一気に本塁に突っ込みます。捕球した外野手は本塁に向けて矢のような返球・・・・・間一髪本塁で走者アウト・・・・・野球の醍醐味そのもののようなクロスプレーですね。
 次に同じ場面で,内野ゴロが転がった場面を想定してください。捕球した内野手は3塁走者の動きを牽制しながら1塁へ送球し,2死となりますね。3塁走者が飛び出せば内野手はすかさず本塁に送球し,三本間での挟殺プレーになります。
 前者の場面,これが返球した外野手,突っ込んでくる走者を刺した捕手のファインプレーであることは誰でもわかりますね。では後者の場面は誰のファインプレーでしょう。
 私が監督なら,投手か捕手に監督賞として金一封ですね。理由は簡単です。走者3塁で一打サヨナラの場面,内野ゴロを打たせる投球術あるいは配球術こそ評価されるべきなんです。

 回りくどいですが,本題のボクシングの解説者の話に戻りましょう。野球で言う後者の場面のヒーローが誰なのかをわかりやすく説明してくれる・・・・・それが私のイメージする解説者のあるべき姿です。これは野球でもボクシングでも変わらないモノサシです。
 ボクシングのディフェンスを考えてみましょう。@→A→Bと進むにつれて高等テクニックになるのは当然ですね。
   @打たれても倒れないタフネスを持っている。
   A相手のパンチをかわす(打たれない)テクニックを持っている。
   B相手にパンチを出させない(”打たれない”とは違う!)テクニックを持っている。
 @はディフェンスと言うには奇異ですが,ここでは敢えて広い意味に取って,ディフェンスに含めて考えてみます。これはボクシングを見たことがない人でもわかる内容です。ボコボコに打たれているのに倒れなければ,誰が見てもタフな選手だとわかりますよね。
 Aはちょっとボクシングに詳しければわかりますね。『この選手はパリーやダッキングがうまい』とか『今のボディブローはブロックされた』などと,ちょっと詳しいボクシングファンなら理解できるでしょう。
 問題はBです。一見して大したことがないように見えて,実は相手にパンチを”出させない”テクニックを持っている選手がいます。”打たれない”テクニックではありません。”出させない”テクニックです。野球で言えば,1死走者3塁で外野に打たせないピッチングですね。言ってみれば,”見えないファインプレー”です。これはかなりの目を持った通じゃないと見抜けませんよ。そういうところこそ,プロの目で解説して欲しいんです。これをやってくれるのが解説者であり,存在意義もそこにあると考えます。『当たりましたよ』とか『効きましたよ』はアナウンサーの仕事です。それだけなら解説者は不要ですね。まして応援団の一員になってしまうようでは何をか言わんやです。

 私の見るところ,現役の解説者で”定常的に”Bの領域で解説できているのは,ジョー小泉氏です。浜田剛史氏と沼田義明氏がその領域にあと一歩というところですね。リタイヤした解説者の中では,Bの領域で活躍していた筆頭は矢尾板貞雄氏でしょうか。
 元世界チャンピオンが解説者になるケースが圧倒的に多いですね。ネームバリューから言って当然でしょう。しかし,必ずしも世界チャンピオンだからよい解説ができているかというと疑問です。ハッキリ言うと,不適格者も混じっているのが実態です。
 放送に携わる人は,昔と違っていろいろなメディアの普及により,ファンの目が肥えていることを忘れてはいけません。解説者の役割とは何かを考え直し,そろそろ解説者=世界チャンピオンと言う図式から解き放たれてもいいのではと考えます。世界チャンピオンに限らず,幅広い人材の中から解説者を起用するべきですね。そういう意味で,モデルケースとして私はジョー小泉氏,葛西裕一氏の両解説者の今後に注目しています。


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(3) ローブローはなぜ見落とされたのか
〜プロスパー松浦vs.川端賢樹戦を検証する〜


 批判が集中し,物議を醸した2003年9月6日の日本スーパー・フライ級タイトルマッチ(試合内容は熱戦譜を御一読ください)。結果は挑戦者の川端賢樹(姫路木下)が2回KOで王者・プロスパー松浦(国際)を破り,初のタイトル奪取を果たしましたが,ローブローの見落としに端を発したKO劇であり,多くの問題を投げかけたと言えます。
 この試合には,思いつくだけでも表1のような問題点が随所に内在しています。しかし,これらの問題点をゴッチャにしてしまうと問題の本質が見えなくなってしまう恐れがあります。現に問題の本質を見失い,誹謗中傷めいた書き込み,あげくの果てには関東人vs.関西人の敵対にも発展しかねない書き込みが行われている掲示板も見受けられます。
 表1のように改めて松浦vs.川端戦の問題点を整理して見て,今回の試合で本当に議論しなければならないのは,『明らかなローブローがなぜ見落とされたのか』という一点に絞られることがわかりました。したがって,ここでは『ローブローはなぜ見落とされたのか』,『再発防止策はないか』に絞り,掘り下げて考えて見ることにします。

表1.松浦vs.川端戦に内在する問題点と責任の所在
問題点 責任の所在
(◎:責任重大,○:主要な責任がある,△:責任はあるが軽い)
各問題点の重要度
(◎:非常に高い,○:高い,△:低い)
川端 松浦 熊崎主審 責任の考え方 重要度 重要度の考え方
@ローブローを打ったこと  ローブローになったこと自体は不可抗力と考えられるが,責任は川端にある。  この試合が紛糾した原因はローブローにある。しかし,両選手の動きの中で発生した不可抗力と判断する。
 また,熊崎主審がそれを見落とさず,川端に減点を課し,松浦に休息を与えるか,回復不能の場合には川端の反則負けを宣告するなど,
その後の処置が適切であれば混乱は避けられた。したがって,ローブローになったこと自体の重要度は低いと判断する。
Aローブローの見落とし  熊崎主審の責任。  ローブローの見落としによってBが発生し,試合の結果に重大な影響を与えた。
Bローブロー後に攻撃が継続された  ストップがかかっていない以上,川端の責任は問えない。  (1)熊崎主審がストップしていない,(2)川端にローブローの認識があったことを証明できない。
 したがって,
川端の責任を問えないと判断する。
C倒れている相手への加撃  疑いの余地なく川端の責任  3度も繰り返しており,弁解の余地なし。反則負けになってもおかしくない悪質な反則。しかし,これも試合そのものの結果には影響せず,この試合に限って考えれば重要度は低いと判断する。
D倒れている相手への加撃に対する減点が遅い  熊崎主審の責任。  結果的に川端の反則行為は試合の結果に影響していないので,この試合に限って考えれば重要度は低いと判断する。
 ただし,重大な結果につながる恐れも残しており,減点が遅れたことについて,熊崎主審は責任を回避できない。
E最初のダウンでカウント中に,川端がニュートラルコーナーに下がっていない  川端の責任。  川端がニュートラルコーナーに下がらなかったことは試合の結果そのものには影響がなく,重要度は低いと判断する。
Fニュートラルコーナーに下がっていない川端を熊崎主審が放置している  熊崎主審の責任。  Eと同様。


1.ローブローはなぜ見落とされたのか

 表2はローブローが発生した第2ラウンド42秒の前後の展開を整理したものです。ビデオを何度も再生しながら,墜落した航空機のボイスレコーダーを解析するような気持ちで克明に再現して見ました。また,図1はローブロー発生の瞬間の関係者の位置関係を示しています。ただし,これはだいたいの配置を示すものであり,距離などは正確ではありません。ビデオをお持ちの方はこれを参考に,再度確認して頂ければと思います。
 解析の結果,私は熊崎主審の心理は下記のいずれかであったと推測しました。
    A.ローブローだという認識がまったくなかった。
    B.おかしいと思いながらも,ローブローだという確信がないまま川端の追撃を阻止するタイミングを逸した。
 その理由は熊崎主審が立っていた位置です。図1に示すように,ローブロー発生の瞬間,熊崎主審は川端〜松浦両選手を結ぶ直線の延長上,ほぼ松浦の背後に立っています。この位置に立ってローブローなのかどうかを裁定するのは不可能です。したがって,熊崎主審の心理はAまたはBのいずれかであったと推測します。
 では,なぜ熊崎主審は松浦の背後に立ってしまったんでしょう。その謎を解くカギは表2にあります。第2ラウンド35秒の時点での画面を確認すると,熊崎主審が両選手を結ぶ直線に対して直角の位置からレフェリングしていたことが確認できます。その後,熊崎主審は画面から消えます。次に画面に姿が現われるのはローブロー発生の直前,41秒です。このとき熊崎主審は左フックを打ちながら左に回る松浦に合わせて左方向にポジションを変えて行き,両選手に対して直角方向からレフェリングしようという構えを見せています。
 しかし,42秒,左に回り切れなくなった松浦が頭を低くして両手を広げ,クリンチに出ようとして,急に右方向に体の向きを移動させると,熊崎主審はその動きに追随できず,完全に松浦の背後に回ってしまいました。この瞬間に左アッパーが低く入ってしまったんです。

表2.ローブロー発生前後の試合展開
第2ラウンド 試合の展開 熊崎主審の動き
(立っている位置)
G+の画面
0分35秒 松浦,軽く右を伸ばす。両者,左ジャブ相打ち。 南側より両者の真横に立っている。 南側よりカメラ,パン。
0分36秒 松浦,左ジャブを受け,後退気味に左に回る。 画面から消えている。
0分37秒 川端,踏み込んで右を伸ばす。 東側から両選手のアップ。
0分38秒 川端の右は空を切る。松浦の相打ちの右も空打。
0分39秒 松浦,左に回り込む。川端がそれを追う。
0分40秒 松浦,左に回りこみながら左フック。川端,これをブロック。
0分41秒 松浦,もう1度左フックを打って,さらに左に回る。川端,これもブロック。 熊崎主審,再び画面に入る。西側,左に回る松浦の動きにあわせ,熊崎主審も左にポジションを変えて行く。
0分42秒 松浦,左に回りきれず,両手を広げ,急に右方向に回る形で頭を低くしてクリンチに出る。左グラブで川端の腰を抱え込む。川端,左アッパーを放つ。これがベルトラインのはるか下に命中。 突如右に移動した松浦の動きに追随できず,西側,松浦の背後に立ってしまう(ローブローの死角)。
0分43秒 松浦,苦しそうに顔をゆがめ,下腹部を押さえる。 画面から消えている。
0分44秒 川端,再びボディに左アッパーを2発。
0分45秒 川端,右フックからもう1度左アッパー。回って逃れる松浦の左後方から追い打ちの右ストレート。これが命中。
0分46秒 松浦,赤コーナー近くのロープ際(北側・オフィシャル席の前)に倒れ込む。 再び画面に現われる。倒れ込む松浦に気付く。 南側から両選手のアップ。
0分47秒 熊崎主審,左手を上げ,ダウンを宣告しながら割って入る。 ダウンの宣告。
0分48秒 松浦,腰を持ち上げる。熊崎主審,川端に対してニュートラルコーナーに下がるよう指示。 川端に対して,ニュートラルコーナーに下がることを指示。
0分49秒 松浦,立ち上がる。 画面から消えている。 東側から松浦の表情をアップ。
0分50秒 *****
0分51秒 松浦,ダウンの宣告に『ウッソーッ』と信じられない表情。
0分52秒 松浦,『マジ?』と言っているような落胆の表情に変わる。
0分53秒 松浦,天を仰ぐ。





2.ローブロー見落とし事件の教訓

 熊崎主審は2カ月間の出場停止処分を受けました。立つ位置が悪くてローブローを見落とし,それが原因となって試合の結果を大きく左右してしまう重大なミスです。しかし,ひとりの審判員をサスペンドして解決する問題でしょうか。そこにはまたまた根の深い問題があります。
 私は東側2階席のテレビカメラのすぐ横で一部始終を目撃しました。2階席とは言っても,後楽園ホールの2階席はリングに近く,試合展開だけでなく,会場全体の状況を把握するには絶好の位置にあります。
 図2を見てください。副審の役割は何でしょうか。私の位置から川端の左アッパーがローブローになったのが実によくわかりました。西側の杉山副審は無理だとしても,2階席の私でさえ見えたんですから,川端の背後から問題の左アッパーを見ていた東側の吉田副審には目の前で起こったローブローが完全にわかったはずです。おそらく南側の舘副審にもわかったでしょう。
 ボクシングに限らず,立つ位置を常に最適に保つ努力は審判員に課せられた義務です。JBCルールの第26章83条の4項には,次のように主審の立つ位置も明確に規定されています。審判員にとって最も重要な立つ位置を守れなかった熊崎主審の落ち度は非常に大きいと思います。

    【レフェリーは,常に両ボクサーを結ぶ線を底辺とする二等辺三角形の頂点に位置するよう
   留意して試合を観察し,両ボクサーの中間を横切って反対側に位置してはならない】

 しかし,審判員と言えども人間。いくらレフェリング技術を上げても,今回のようにミスは完全には撲滅できません。そのために,JBCルールの第26章82条の10項には次のように規定されているんですね。

    【確認できない事態(ファウル・ダウン)に対してはジャッジの意見を聞くことができる】

 野球のハーフスイングの判定の例を考えて見ましょう。つまりバットが回ったのか回らずに止まったのかの判定ですね。球審(主審)の位置ではハーフスイングの判定が困難な場合が多々あります。ミスジャッジを防ぐため,球審が打者のスイングに対してストライクを宣告しなかった場合に限り,捕手または守備側の監督はハーフスイングの判定を塁審(副審)に一任するように球審に要求することができます。要求があった場合,球審は即座に判定を一塁または三塁の塁審に任せなければいけません。
 ボクシングの場合には,主審は試合運営,副審は採点という分担を守りつつ,主審の死角に入ってしまう今回のようなアクシデントを防止するため,副審にヘルプを求めることができるようになっているんですね。今回はこのルールが正しく運用されたのか,非常に疑問です。もし熊崎主審がローブローは現認できなくても,下腹部を押さえて倒れ込んだ松浦に異常を感じて副審に助言を求めていれば紛糾しなかったはずです。
 副審3名はオフィシャル席を除く3方向に1名ずつ配置されています。主審の死角に入ってしまったとしても,いずれかの副審が目撃しているわけであり,この貴重なオフィシャルの目撃者を有効活用しない手はありません。熊崎主審にはそういう判断ミスもあったと思います。

 相撲では”物言い”というシステムがあり,取り直しになる場合があります。ボクシングの場合は相撲のような取り直しができない場合が多いですが,主審が判断するだけの材料がない場合,即座に試合を中断し,ジェスチュアで副審に判定について助言を求めるべきです。もちろん安易にこれをやるのではなく,主審が立つ位置を守るために最大限の努力を図るべきだということは間違いありませんが・・・。



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(4) 10.4 国技館決戦を総括する
〜ボクシング人気復活に向けて〜

 いろいろな意味で話題になった10.4国技館決戦も終わりました。心地よい脱力感に浸っている方も多いと思います。ホッとひと息というところで,私なりに総括して見ました。
 細かいアラを探せばキリがありませんが,今回はすべての試合が,国技館を埋めたファンを大いに満足させる内容だったと高く評価します。場内の一体感も素晴らしかったし,顧客満足度という視点で振り返ると,まず9割以上のファンが納得したんじゃないでしょうか。
 企画の発表時点から,これほどみんなが楽しみにして,子供のように指折り数えて待ちに待ったイベントもホントに久しぶりです。好ファイトを展開した各選手・ジム関係者の努力と勇気,帝拳プロモーションの企画力と行動力,土曜日のゴールデンタイムに生中継した日本テレビの大英断に対して,心から敬意を表します。
 生中継の視聴率は平均で15.5%,瞬間最大風速で21.9%と報じられています。昔の隆盛を知る者としては淋しい数字ですが,これだけ価値観が多様化している御時勢の中では,裏番組をブッ飛ばすほどの堂々たる成果だと胸を張っていいと思います。
 しかし,問題はここからです。今回のイベントだけでボクシング人気が復活するほど,今の世の中は単純ではありません。この盛り上がりをいかにして次につなげるか・・・・・これを真剣に考えて取り組む必要があることは言うまでもありません。今回のイベントを一夜の打上げ花火で終わらせてはいけないんです。

とにかく好カードを提供せよ

 もはや個人の人気に依存して済む時代は終わっています。楽をして人気が回復する特効薬などあり得ません。ファンがヨダレを流すような好カードを実現させて行くこと・・・・・すべてはここが出発点です。
 WOWOWを見ていると,アメリカのリングでは黙っていてもファンが押し寄せるようなカードが目白押しですね。これはどうしたら儲かるかを常に考え,いい意味での商業主義に徹している証拠です。
 アメリカにできて,日本にできないはずはありません。自分が抱えている選手をライバルにぶつけて傷つけたくない・・・・・ジムの関係者なら,当然考えることでしょう。これが顧客第一主義,いい意味での商業主義に徹し切れていない証拠です。日本の業界もつまらぬメンツを捨て,垣根を取り払い,団結しないとホントに潰れます。
 実力の伴わない者の安易な世界挑戦にストップをかけ,まず国内のライバル同士がぶつからざるを得ない仕組み・・・・・協会はまず早急にこれを考えるべきです。
 つまらぬいきさつのために,昔からどれだけ多くの黄金カードが闇に葬られて来たでしょうか。みんなが欲しがっているのが明らかで,かつ高く売れるのがわかり切っている商品を無傷のまま,ゴミ箱に捨てるような愚を繰り返してはいけません。今回のイベントによって,『好カードはおいしい』と業界が再認識し,行動に移してくれることをファンとして大いに期待します。


PRに力をいれよ


 ボクシング人気復活に好カードは不可欠です。しかし,好カードを提供するだけでは解決しません。好カードはあくまで”必要条件”であり,”十分条件”ではないんです。
 それでは好カードにプラスアルファとして何が必要か・・・・・いろいろなものが考えられますが,そのひとつには本腰を入れてPRすることがあります。今回のイベントの一連の動きを観察していて,感じたのはPR不足です。
 確かにボクシングファンは盛り上がりましたが,PR不足のため,一般大衆を巻き込むまでには至りませんでしたね。これは今後に大きな課題を残しました。テレビで国技館決戦のCMは流れていましたが,インパクトは今ひとつで,絶対数が少ないこともあり,一般大衆の目には止まらなかったんじゃないでしょうか。10.4国技館決戦があることすら知らなかった人が圧倒的に多いはずです。
 PRにも様々な形があると思いますが,ビッグカードなら,スパーリング,記者会見,調印式,計量などを一般に公開することもひとつの方法かと思います。報道陣ではなく,ボクシングに興味がない一般大衆にこれらのイベントを見てもらい,ボクシングに親しむキッカケにしてもらうんです。一般にはスパーリングや計量なんか見たことがない人がほとんどなワケですから,公開すればこれ以上インパクトを持ったPRはありません。こういう小さいことの積み重ねがPRにつながるんだと思います。もちろん公開することで,選手への負担が増えるという問題はありますが・・・・・。
 昔,小林弘が世界チャンピオンだった頃,川崎駅前の”さいかや百貨店”の催し物会場に特設リングを作り,練習を公開したことがあります。私も見に行きましたが,詰めかけた買い物客で会場は熱気ムンムンでした。間近で世界チャンピオンのスパーリングやパンチングボール打ちを見た買い物客はホントに目が点になっていましたよ。
 デパートの営業さんもホクホクだったと思います。中村ジムの中村信一会長も世界戦前のPRができて,御満悦の様子でした。おそらく経費はデパート持ち,それどころか小林陣営には”出演料”くらい出たかも知れません。
 これなどはデパート側とジムサイドのお互いの利害が一致した実例でしょう。コダワリを持って知恵を絞れば,アイデアはいくらでも湧いて来るはずです。金がないからPRできないなんて言ったら,PRして金をもらった(はずの)中村会長が生きていたら怒鳴られますよ。


核になるビッグイベントの定期開催を

 これも戦術としては非常に重要です。
 いくら好カードを組んでも,それが好カードだと認識されなければ何の役にもたちません。まず,ビッグイベントを一発かまし,関心を誘っておいて,好カードを小出しにして行く・・・・・こういう商業戦略を協会で真剣に考えて欲しいと思います。
 30年近く前から,チャンピオンカーニバルは毎年開催されています。しかし,今のように数ヶ月もかけてダラダラやっているようではダメです。インパクトが何もないんです。今回の国技館決戦のように,業界が総力をあげて取り組むようなビッグイベントを最低でも年1回はブチ上げること・・・・・これは非常に強烈なインパクトがあります。それを核にして,日常の好カードを絡ませて行くんです。何しろメリハリをつけて興行を打つことが大事だと考えます。
 身近なところにヒントがあるじゃないですか。スーパーマーケットや家電の量販店です。いい品物を安く揃えても,いきなり集客には直結しません。そこでよくやる手が,『限定10台,テレビ980円!』とか『産地直送タマネギ1円!』なんて言う超目玉商品です。まさか店側はあれで儲けようなんて考えているワケがありません。目的が客寄せなのはミエミエです。そうやって客を集めておいて,ホントに儲けようとしている目玉商品を見てもらうんです。
 ビッグイベントが単なる客寄せでないところがスーパーとは違いますが,そこから派生して他の好カードに対する関心を誘うことではボクシングも同じです。まず関心を持ってもらうこと・・・・・そこから始める必要があると思います。


新規ファン層の拡大

 どんな好カードでも必ず空席はできます。いつ見てもホントにもったいないと悲しくなりますね。売れ残ったチケットは開場後一定時間を経過した時点で,小中学生に配布して欲しいです。ダフ屋対策として,『チケットを配布された本人が必ず自分で入場する』という条件は必要ですが・・・・。どうせ空席になってしまうのなら,最後はタダで配っても同じことです。
 またまたスーパーマーケットの例ですが,スーパーでは夜8時半になると,売れ残った食材は半額になります。私も単身赴任時代は巨人の宮田投手ばりに,”8時半の男”になって,スーパーに通いました。それと同じことだと思うんです。
 航空券だって同じです。キャンセル待ちというのがあり,予約した人が離陸の何分か前までにチェックインしないと,キャンセル待ちしていた人が搭乗できますよね。航空会社だって,空気を運んでいては儲かりませんからね。必死に客席を埋めようと努力しているワケです。
 今回の試合内容なら,大人にとってあのチケットは十分に割安感があります。しかし,やはり子供には手が出なかったと思います。そのせいか,残念ながら,小中学生の入場者がほとんど見当りませんでした。あれだけ大騒ぎになったビッグイベントにも関わらず,マス席にも2階席にも空席はありましたから,そこにチビッコファンを入れて,何しろ空席を埋める努力をして欲しかったと思います。
 未来のボクシングオタクにも,ウィラポンやムニョスをナマで見て欲しかったし,佐竹の芸術的なカウンターブローに酔って欲しかったですね。主催者は,『空席があることは恥である』という感性を持ってください。
 私は幼少時から後楽園や蔵前国技館,日大講堂などのリングサイドをウロチョロしていました。今こうしてホームページなんかを主宰して,偉そうに講釈を垂れているのも,幼い頃からボクシングに親しむ環境があったからで,ホントに感謝しています。
 業界のみなさんには,小中学生をボクシングオタクの道に引きずり込む方策を練って欲しいと思います。子供たちのお小遣いで気軽にボクシング観戦ができる環境作りをぜひお願いします。とにかくリングの中だけ見ていてはダメです。周りを見渡せば,あらゆるモノがヒントになるはずです。
 好カードやビッグイベントが即効性のある顔面攻撃とするならば,小中学生へのサービスは後で効いて来るボディ攻撃みたいなものかも知れません。顔面とボディをバランスよく攻撃してこそ,KOが生まれるんじゃないでしょうか?


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(5) 大事に育てるということ
〜切磋琢磨する仕組みを〜

 日本ボクシング界全体を見てみると,相変わらず実績なしの世界挑戦を敢行する例が後を絶ちません。そのようなやり方で,過去にどれだけの優秀な若い芽を摘んでしまったことか・・・・・。実力を確認しながら手順を踏んでアタックする選手の育成をぜひお願いしたいと思います。
 受験生でさえ,模試を何度も受け,納得するまで復習を繰り返すなど,万全の準備をした上で志望校を受験します。それが常識です。中には全然勉強しなくても東大に合格する天才はいるでしょう。でもそれはホントに天才で,例外です。ボクシングとて同じこと。8戦目や9戦目で戴冠した具志堅用高や辰吉丈一郎は例外中の例外と思わなくてはいけません。

 『大事に育てる』ということはどういうことでしょうか。強敵を避け,傷を負わないようにして世界に挑戦させることではないはずです。経験を積ませず,いきなり世界に挑戦し,感じたこともないような強大な圧力に晒されて,敗退するだけでなく,肉体的にも手ひどいダメージを蒙って選手寿命を縮めてしまうのでは元も子もありません。 まるで準備不足のままいきなり受験し,見たこともないような難問に答えられずに不合格になるのと同じことです。大事に育てる=過保護ではないんです。
 選手の将来を見据え,少しずつ冒険しながら,その時点の実力に見合う相手を選んで経験を積ませること・・・・・これが本来の『大事に育てること』のあるべき姿かと思います。戦っている選手に罪はありません。選手を責めるつもりは毛頭なく,むしろ問題はマネジメントにあるかと思います。
 タイあたりから簡単に倒せそうな無名ボクサーを連れて来てリングに上げ,連続KO勝ちとか無敗なんて言う記録を手に世界挑戦を計画しているようでは,ダメです。衛星放送,ビデオソフト,インターネットの普及により,昔とは比較にならないほど目の肥えたファンが多くなっています。無謀な世界挑戦は業界内部は納得させられても,ファンは絶対に騙せません。関係者は肝に銘じて欲しいと思います。
 世界挑戦が妥当か否かを判断する基準・・・・・それは簡単です。ファンが『金を払ってでも会場に足を運びたい』と思うか否か・・・・・モノサシはこれしかありません。

 少々過激な発言になりましたが,リングに目を向けると魅力あふれる役者が揃っており,目が離せない状況です。
 例えばスーパー・バンタム級だけを見ても層が厚く,ざっと見渡しただけでも,国内には強豪が犇いています。佐藤修,仲里繁,中島吉兼,瀬川設男に加え,再起を狙う石井広三,渡辺純一,頭角を現した木村章司。これに雄二ゴメスがフェザー級からの転向を狙っているようですし,まさに宝の山ですね。どの組み合わせも圧倒的な集客力があり,選手自身にもいい経験になります。
 関係者には,これらのライバル同士がぶつからざるを得ない仕組み作りをぜひお願いします。『潰しあいになる』という懸念の声もありますが,国内のサバイバルゲームで潰れるようでは,ハナから世界王座奪取など望むべくもありません。ぜひ勇気を出して,ぶつかり合い,切磋琢磨して欲しいと思います。


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(6) 解説者は自らの採点を提示せよ
世界的採点傾向の浸透に向けて

世界的な採点傾向が浸透していない

 最近の採点は下記のような一定の判断基準(@ABCの順に優先順位が低くなります)をベースにしています。各ラウンドを独立の採点単位と考えて,できる限りどちらかの選手に振り分けていくというのが世界的な採点の傾向であることは,WOWOWでジョー小泉氏から耳にタコができるほど聞かされていますよね。
   @有効なクリーンヒット
   A攻勢(アグレッシブ)
   Bリングジェネラルシップ
   C防御技術

 しかし,この『できる限りどちらかに振り分ける』という採点,実際にやって見ると,結構むずかしいんです。このホームページを立ち上げて以来,私も熱戦譜を執筆するために,すべての試合をこの基準を意識して採点しながら観戦しています。しかし,迷うことが多く,毎回頭を痛めているのが実情です。
 頭が痛くなる理由は,やはり前述の世界的な採点の傾向がまだしっかり浸透していないためでしょう。だから”ブレ”が生じるんです。おそらく私以外にも多くのファンがそれを痛切に感じているものと思います。
 世界的な採点の傾向に沿って忠実に採点すると,どちらかと言うと積極的にパンチを出し,クリーンヒットを稼ぐ方が有利になります。これを理解していないと,善戦したつもりでも結果は大差で負けていたということが生じます。世界的な採点傾向を早く浸透させ,戦う者・採点する者・観戦する者が同じ視線でボクシングを捉えられるようにする必要があると考えます。

世界的な採点傾向のメリット

 ところで,この世界的な採点の傾向が浸透すると,どんなメリットがあるんでしょうか。

 私はこれが浸透すると,よりアグレッシブな方が評価されやすいために,試合が面白くなる可能性を秘めていると考えます。
 またまた野球の例で恐縮です。私は野球の審判員資格を持っており,球審の経験も一応人並みに豊富です。ロー・ハイは全神経を集中して判定しますが,私は外角・内角はやや広くストライクゾーンを取るようにしています。ここだけの話ですが・・・・・。
 ロー・ハイはベンチから見えるので,いい加減にやるとすぐに守備側から抗議が来ます。一方,外角・内角は少しくらい甘くしてもベンチからはわかりません。球審以外では捕手にしかわかりませんね。外角・内角を甘くする分には,守備側に有利ですから,捕手からは文句は出ません。
 ストライクゾーンが広がると,打者は当然積極的にバットを振らざるを得なくなります。積極的に打つと面白くなるし,試合の進行が早くなります。おまけに四球が減るので,試合が締まって来ます。これなどは採点基準ひとつで試合が面白くなる好例ですね。
 ボクシングにもまったく同じことが当てはまると思うんです。世界的な採点の傾向が浸透すれば,手を出さないと勝てません。そうなれば,試合は面白くなるはずです。何が言いたいかというと,この世界的な採点傾向を逆手に取り,試合を面白くすることに利用してしまえばいいんです。採点方法が変わることにより,ボクシング人気復活に間接的に寄与するはずです。
 この採点の傾向を前にして,日本人だけが受身になって振り回されることはありません。逆にしゃぶり尽くすほどに利用すればいいんです。


啓蒙活動は解説者の重要任務

 世界的な採点傾向を人気復活の領域まで利用し尽くすためには,前述のように,戦う者・採点する者・観戦する者が同じ色のメガネでモノが見られるようになることが不可欠でしょう。
 私は世界的な採点の傾向を浸透させるためには,解説者の果たす役割が非常に大きいと思います。
 かつてテレビのボクシング中継は各ラウンド終了後に解説者の採点結果を公表することが慣わしになっていました。耳に馴染んだ『郡司さんの採点では・・・』というヤツですね。あれ,いつからやらなくなったんでしょうね。
 私,非常にもったいないと思うんですよ。日常の試合は,世界的な採点の傾向を浸透させるための生きた教材だと思うんです。その貴重な教材を無駄にしてはいけません。公式採点との食い違いが生じて解説者に恥をかかせてはいけないというテレビ局の”配慮”でもあったんでしょうか。食い違ってもいいじゃないですか。
 『解いて説くこと』が解説者の仕事です。解説者がまず率先垂範して採点して見せる。そしてその結果を根拠を付けて,解説する。根拠を付けて・・・これが重要です。それを執拗に反復することによって,世界的な採点の傾向に対するみんなの意識レベルがアップして行くんじゃないでしょうか。
 現在,解説者として各ラウンド終了時に採点結果を提示しているのは,私の知る限りではジョー小泉氏,浜田剛史氏,川島郭志氏だけです。
 ジョー小泉氏なんかは,『なぜチャンピオンの10−9としたか』,その根拠に至るまで懇切丁寧に解説してくれますよね。例えば,『伯仲していたが,3分間のうち後半の2分間をチャンピオンが支配していたから』というような根拠付きで採点を提示しています。この姿勢は立派です。この取り組み姿勢こそが現代の解説者に求められているんだと思います。
 川島氏は振り分け切れなくて,10−10としているケースが多いですが,それでも解説者が自分の採点結果を提示していることは非常に意義深いものがあります。それはいわゆる世界的な採点の傾向が浸透して行くための過渡期にあるからです。川島氏には,その姿勢を貫いて欲しいと思います。採点基準についての啓蒙活動は解説者の重要な任務です。


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(7) 判定問題を考える
もう一度基本に立ち帰れ

多過ぎる”割れた試合”

 2003年8月の小松則幸vs.トラッシュ中沼戦をはじめ,判定に関して物議を醸した試合が続いています。買収行為や外圧があったとすれば論外ですが,それはないにしても,審判員によるバラツキが最大の問題ではないでしょうか。
 国内で行われた試合のうち,”割れた試合”がどれだけ発生したかを調べて見ました。表1を見てください。@国内の総試合数は『ボクシングマガジン』の熱戦譜のコーナーに載っていた試合の総数をカウントしたものです。また,A割れた試合の総数は同誌のグラビアページおよび熱戦譜のコーナーに”採点表が掲載された試合のみ”を数えました。したがって,ここにカウントした以外にも割れた試合が存在するという前提で考えてください。


表1.国内における”割れた試合”の総数   (2003年4月〜9月)
4月 5月 6月 7月 8月 9月
@ 国内の総試合数 244 265 200 249 186 228 1,372
割れた試合の内訳 判定  2−1となった試合 16
 2−0となった試合
ドロー  三者三様
 または1−0
11
KO
TKO
負傷判定
 途中まで2−1 10
 途中まで2−0
 途中まで三者三様
 または1−0
A 割れた試合の総数 15 16 58


表2.典型的な”割れた試合”
試合日 カード(ドロー以外は左側が勝者) 結果 公式採点
2003・05・04 足立浄
(ハラダ)
古橋秀之
(JM加古川)
ドロー   97-94
  95-95
  96-96
2003・05・23 度紀武彦(アポロ) ゴーントラニー・ポー・スラサック
(タイ)
10R判定   97-93
  96-93
  94-96
2003・09・07 渡辺博
(天熊丸木)
ドンドン・スルタン(比国) 12R判定   115-114
  115-113
  111-118
2003・09・07 サム・ソリマン
(豪州)
豊住徳太郎
(本田フィットネス)
12R判定   118-113
  119-110
  114-116



 正直なところ,データをとって見て,驚きました。KOなどによって途中でストップした試合まで含めると,割れた試合はわずか6カ月間に”私が確認できただけでも”58試合に及んでいることがわかりました。採点表が掲載されている試合だけのあくまで参考情報ですが,国内の試合全体の実に4%強を占めています。
 確かに伯仲した試合もあり,優劣を判別し難い試合もあることは事実でしょう。しかし,それにしてもこれだけ割れた判定が多いということは,採点する側に何らかの問題があると思わざるを得ません。
 割れた試合の中には,ちょっとひどいと思われるものも散見されます。その中から,特に目に留まった試合を表2にまとめました。割れなかった試合でも怪しげな結果になった試合があることは御存知のとおりです。
 個々の選手を責めるつもりは毛頭ありません。個々の試合の結果についてもここで敢えて述べるつもりはありません。この際,どちらが勝っていたかは,問題ではありません。私が問題にしたいのは,審判員によるバラツキです。同じ試合を同じ会場で同時に採点して,2名が大差でAの勝ちとしているのに,なぜ1名だけ大差でBの勝ちとなるんでしょう。買収行為や外圧があったとすれば論外ですが,やはりどこかが狂っていると思いませんか?

バラツキをなくす努力

 ちょっと変わった角度から考えてみましょうか。自動車会社に勤務する知人に聞いた話です。
 環境問題の要求から,最近の自動車はホントに静かになりましたよね。アイドリングの状態ではエンジンが動いているのか停止しているのかがわからないくらいです。これは設計技術の進歩もありますが,それ以上に製造技術や品質管理技術の進歩に依存するところが大です。
 人間は欲深いもので,エンジンが静かになったお蔭で,今度はトランスミッション(以下,T/Mと表します)やデフのちょっとしたノイズが耳障りになります。知人の工場では,T/M製造ラインの検査工程ですべてのT/Mを運転し,その際の音を検査員が耳で聞いてOK・NGを判定し,OKになったT/Mだけが車に搭載されるようになっています。10点満点で採点し,7点以上でないとNGと判定されます。
 問題は検査員によるバラツキをいかになくすかです。人によって判定がブレてしまっては,市場に出回る車の品質が大きくバラついてしまいます。このバラツキをなくす技術こそが日本が世界に誇る品質管理技術なんですね。
 騒音や異音などを聞き分けることだけは機械化できず,人間の感覚に依存する検査が一番だそうです。これは”官能検査”と呼ばれています。
 検査員によって判定にバラツキが出ては困ります。この工場では,これが10点だという最高レベルのマスターT/M,OK・NGの境界線となる7点のマスターT/Mを常備し,毎月1回,検査員を集めて”音合わせ”を行います。教育には,これ以外に近道はないそうです。
 そのような教育を繰り返し,検査課長の権限で指名された人だけが検査員として製造ラインで官能検査に従事できる仕組みになっているんです。静かな車が世の中に出るまでには,こういう涙ぐましい現場の努力があるんですね。
 マックやモスのハンバーガー・・・・・日本中に何店舗あるのか知りませんが,どこに言っても同じ品質のハンバーガーが食べられるようになっていますね。あれも徹底したマニュアル化によって,人によるバラツキをなくす努力をしている典型ですよね。
 何だか『プロジェクトX』みたいな話になって来ましたが,人によるバラツキが許されないという点ではボクシングの審判員も同じじゃないでしょうか。

審判員によるバラツキをなくせ

 当たり前のようにスプリットデシジョンなんて言いますが,よく考えて見てください。本来,採点結果が割れること自体が異常じゃないでしょうか。慣れっこになってしまっているから,採点が割れても当たり前のように感じますが・・・・・。
 『割れちゃったから仕方ない』ではないんです。同じ試合を同じ会場で同時に採点しているんですから,本来割れてはいけないものなんです。割れた試合が,”確認されただけで”全体の4%もあるのは,明らかに恥ずべきこと・・・・・それくらいに捉えなければいけません。
 音楽の世界では,指揮者によって味付けが違うことで曲の印象が異なることは”個性”です。しかし,ボクシングの採点に個性は不要です。どこで誰が採点しても同じ結果になるように,バラツキをなくす一層の努力をコミッションにお願いしたいと思います。
 審判員研修会のようなものは行われているとは思いますが,なかなかその努力の実体は見えて来ません。前述のT/Mの官能検査のように,審判員が集って,みんなで”音合わせ”を徹底的にやって欲しいと思います。もう一度原点に立ち帰り,採点基準に照らして,実戦やビデオを見ながら,『今のは,こうだから10−9』とか『これは10−8』などと議論しながら,”音合わせ”を徹底的にやって欲しいんです。それには,より細かい採点の指針が必要だと思います。
 ボクシングの採点も,ある意味では官能検査の一種ですから,バラツキをなくす方法に近道はありません。”音合わせ”を反復すること以外にはあり得ないと考えます。

試合中の採点内容公開は必要か?

 『審判員の採点結果を各ラウンド終了後に公表してはどうか』とか『序盤だけ公表してはどうか』という意見もあり,当HPの掲示板にもそのような提案が書き込まれました。試合途中の採点公表を主張する理由は,おそらく採点内容に責任を持たせるためであると思います。
 しかし,私は試合途中での採点公表には反対です。審判員は裁判官と同様で,不可侵でなければいけません。試合途中での採点公表は,審判員に不要な圧力をもたらすだけで,バラツキをなくすには役に立ちません。地元の選手に対する応援が大きいから地元判定になるのだとしたら,試合途中での採点公表は逆効果になるだけです。審判員によるバラツキをなくすための根本的な解決策にはなり得ないと考えます。
 試合途中の採点公表よりも,まず審判員によるバラツキをなくす努力をやるべきではないでしょうか。


     参考文献 : ボクシングマガジン:2003年6月号〜11月号(ベースボールマガジン社)


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(8) 出たい人より出したい人を
世界挑戦資格審議委員会を設置せよ

”世界挑戦資格審議委員会”の設置を

 明らかに実力・実績が伴わないと思える選手が世界に挑戦し,無残にも敗退するケースが後を絶ちません。無謀な挑戦によって肉体的・精神的にダメージを蒙り,そのまま選手生命を閉じてしまった例も枚挙に暇がありません。
 中には8戦目や9戦目で戴冠した具志堅用高や辰吉丈一郎の例はありますが,それは例外中の例外です。彼らの存在が実績なき挑戦を肯定する材料にはなり得ないことを業界関係者もファンも認識する必要があります。
 言い古されたことですが,無謀な挑戦を許す体質を放置すれば,国内で切磋琢磨しなくても済むことによるレベルの低下を招き,当然ながら人気は低迷,ひいてはボクシング界の衰退につながります。各種の新興格闘技が台頭し,ボクシングは地上波ではなかなかオンエアされない状況になっています。このままではボクシングは衰退の一途を辿るのみです。
 私はこの1〜2年間でどれだけ本気で取り組み,どれだけ改革できるかによって日本ボクシング界の将来が決まってしまう気がします。皆さんはどうでしょうか?改革にはいろいろな手段があると思いますが,その第一歩として,やはり世界挑戦を計画する選手・陣営に対して何らかの関門を設ける必要があるんじゃないでしょうか。ズバリ,私は『世界挑戦資格審議委員会』(略称:挑審)の設置を提案します。

どこにでもある”関門”

 ボクシング以外の分野では,出場・参加・昇進に際して,至るところに様々な”関門”が設けられています。ボクシングの世界挑戦資格を語る前に,まず他の分野での”関門”を調べてみました。表1にはマラソン,相撲,大学受験の各分野で設けられて機能している”関門”の実例を集めました。
 数々の名勝負の舞台となった福岡国際マラソンは,国内でも最も出場資格が厳しいことで知られるトップレベルのレースです。選ばれた一流ランナーが鍛錬して初めて出場を許される最高峰と言ってもいいでしょう。厳しい”関門”を設けることによって,大会のステイタスが上がり,それを目指して皆が努力する仕組みになっているので,日本マラソン界全体のレベルアップに大きく貢献していると言えます。世界的にも最高レベルにある女子マラソンについても同様です。

 また,様々な問題を抱え,人気低迷で曲がり角に来ているのが角界です。伝統を守りつつ,新しい風も吹き込まないと取り残される・・・・・置かれている状況はボクシング界と似ています。
 しかし,その角界にもレベル維持のために立派に機能している”関門”があります。言わずと知れた横綱昇進資格ですね。横綱への昇進を検討するに値する力士が出た場合,千秋楽の打ち出し後に審判部が日本相撲協会理事長に臨時理事会の召集を要請します。そして,理事会で横綱審議委員会(略称:横審)に昇進を諮問するか否かを審議します。理事会が昇進を承認すれば,横審に諮問し,そこで推薦されれば新横綱が誕生するという段取りになっています。
 横綱に推薦される条件のうち,最も重視されるのは『大関で2場所連続優勝』という項目です。表1を見ると,少なくとも平成以降に昇進した6名の横綱はこの条件を例外なく厳格に適用されていることがわかりますね。長い伝統を誇る角界がこの”関門”によって一応のレベルを維持していることは注目に値します。

 最後に挙げたのは大学受験で行われている”二段階選抜”の例です。実力が伴わなければ,受験するチャンスさえ与えられないんです。敢えて大学受験の例などを持ち出した目的は,一般社会でさえ厳しい”関門”が立ちはだかっていることを知ってもらうためです。
 角度を変えて見ると,二段階選抜には”足切り”というネガティブな意味だけでなく,受験生の人生を真に長い目で捉えてくれているありがたい側面もあると考えます。はじめから合格の見込みがないのに第一志望に固執してしまい,他の大学に入学していれば立派な仕事ができたはずなのに,結局他の人生を歩んでしまったとしたら・・・・・そういう事態は本人にとっても不幸だし,世の中にとっても損失ですね。二段階選抜によって受験前に”関門”を設けてあげることによって,その人を客観的に見直し,能力を生かす別の道を提案してあげる・・・・・二段階選抜という関門にはそんな”人に優しい”機能もあるんじゃないでしょうか。

表1.各分野で設けられている資格・関門の例
分 野 資格・関門の要旨 資格・関門を設ける目的など
マラソン  第57回
 福岡国際マラソン選手権大会

     2003.12.07 開催
出場資格     1)

日本陸連公認の2001.12.01以降の大会で下記の標準記録を突破した者。
   @
マラソン   2時間27分(42.195km)
   A30kmロードレース   1時間35分
   Bハーフマラソン   1時間07分(21.0975km)
以上の他に日本陸連が特に推薦する者。

 長い伝統と国内トップレベルを誇るマラソンレースの最高峰。オリンピックの代表選考会にも指定されている。 国内では最も厳しい出場資格を掲げ,一般のレースとは一線を引いている。
 厳しい出場資格を設ける目的としては,高い競技レベルを維持し,
大会のステイタスを保つことが挙げられる。
 一方で,市民ランナーのトップクラスにとっては,福岡を走ることがひとつのステイタスになっている。一般の社会人で,仕事の合い間に練習しながら福岡を目標としている市民ランナーも多い。


大相撲  横綱昇進 横綱審議委員会内規(1958.01制定)     2)

   @品格・力量が抜群であること。
   
A大関で2場所連続優勝することを原則とする。
   B上記に準ずる好成績を挙げた力士を推薦する
    場合は,出席委員の2/3以上の決議を要する。
   C品格については協会の確認に基づいて審議する。
 平成以降に昇進した6力士の昇進直前3場所の成績は下記のとおり(赤字は優勝を示す)。
 以前は内規を弾力的に運用していたこともあるが,
平成以降は内規のAを厳守していることがわかる。様々な問題を抱える角界ではあるが,この内規を厳格に守ることによって一応のレベルを維持していると考えられる。

 旭富士・・・8-7,
14-1,14-1    計 36-9(勝率 0.800)
 曙・・・・・・・9-6,
14-1,13-2   計 36-9(勝率 0.800)
 貴乃花・・・11-4,
15-0,15-0   計 41-4(勝率 0.911)
 若乃花・・・10-5,
14-1,12-3   計 36-9(勝率 0.800)
 武蔵丸・・・8-7,
13-2,13-2    計 34-11(勝率 0.756)
 朝青龍・・・10-5,
14-1,14-1   計 38-7(勝率 0.844)


大学入試  東京大学・理科V類 2003年度・前期日程・二段階選抜     3)

定員・・・80名     
二段階選抜実施予告倍率・・・4倍
志願者数・・・362名     一次合格者数・・・320名
実際の二段階選抜実施倍率・・・4.0倍

 国公立大学の入試は,センター試験(全国共通)と各大学固有の入試(二次試験)の成績によって合格者が決まる。大学によっては,予め予告しておいた倍率を超えて二次試験の志願者が殺到した場合,センター試験の成績順に上位から二次試験の受験資格を与え,
予告倍率を越える志願者は”門前払い”され,二次試験に進めない。このシステムを【二段階選抜】という。
 上記の例では,定員80名に対して362名が志願し,予告倍率4倍で二段階選抜を行い,ちょうど4.0倍の320名が二次試験に進むことができ,
42名が門前払いを食ったことを示している。


 二段階選抜を採用する目的には,
   1) よりハイレベルな学生を集める。
   2) 予め受験者数を絞り,採点などの業務を
    省力化する。
   
3) はじめから合格の見込みのない学生に
    早く他の進路を模索するチャンスを与える。

などが考えられる。




世界挑戦資格審議委員会のイメージ

 少々前置きが長くなりましたが,本題のボクシングに話を戻しましょうか。世の中の至るところに”関門”があるのに,なぜボクシングだけは”希望者全員”にもれなく世界挑戦が許されるんでしょうか。どう考えても,おかしいとは思いませんか?
 私は無秩序な世界挑戦を防止し,レベル向上を図る目的で,ボクシング界にも然るべき”関門”が不可欠と考えます。世界に挑んで手痛い敗戦を喫した例は昔から少なくありません。しかし,ここ10年ほどは目に余ります。無秩序と言うのか,あまりにもダラシないし,デタラメです。ここで私が実名を挙げなくてもファンならわかると思います。
 私が提案する『世界挑戦資格審議委員会(略称:挑審)』の主旨は以下のとおりです。
   @世界への挑戦者を絞り,世界戦のレベルアップを図る。
   A厳しい挑戦資格を設置し,国内のライバル同士がぶつからざるを得ない仕組みを構築することで,ボクシング界全体のレベルアップを図る。
   B無謀な挑戦で選手寿命を短縮する愚を回避し,違う形で能力を生かすボクサー人生を考えるキッカケを与える。
 最近は世界挑戦で敗退後に逆に日本タイトルに挑戦する例もあります。Bは日本・東洋レベルならば立派なチャンピオンとして活躍したはずなのに,無謀な世界挑戦で消えて行く選手をなくしたいという思いが根底にあります。
 以前にも世界挑戦資格らしきものは設けられたようですが,実際には何ら機能することなく,現在は野放し状態ですね。世界挑戦資格に強制力がなく,業界内部で運営している以上は長続きしないのも当然です。私は挑審の設置を提案するに当って,下記の条件を付けたいと考えます。
   ◆第三者主体のメンバーによって構成すること。
   ◆審議結果に強制力を持たせること。
 先に紹介した横綱昇進資格が長続きしている最大の理由はこの2点だと思います。横審のようなイメージの委員会がボクシング界にも必要だと考えます。現在の横審の委員長は石橋義夫・共立女子学園理事長です。委員には”ナベツネ”こと渡辺恒雄氏(読売新聞グループ本社・社長)をはじめ,山田洋次氏(映画監督),内館牧子氏(脚本家),船村徹氏(作曲家)ら各界の錚々たるメンバーが名を連ねています。いずれも相当な見識と発言力を備え,人間を評価することにかけては達人クラスです。
 挑審の具体的なメンバー構成を考えて見ました。ボクシング好きでボクシング界の情勢を知っていることが第一条件ですが,一例としては下記のような人物に委員就任をお願いするのがよいかと思います。
   ◆企業において一定以上の地位にあるボクシング通
      (リストラ経験,採用,人事査定の豊富な経験があればベスト)
   ◆文化・芸能におけるプロデュース,オーディションなどの豊富な経験を持っているボクシング通
      (浅利慶太氏,蜷川幸夫氏,唐十郎氏,つんく氏のようなイメージでボクシング通ならベスト)
   ◆記者OBまたはアナウンサーOB
      (現役組は利害関係があるので避けるべき)
 このメンバーに加え,”ナベツネ”氏のようなイメージの絶大なる発言力をもった人を委員長に据えればベストでしょう。そのようにして,世界挑戦を希望する者は挑審に申請し,その審議を経てOKが出なければ挑戦できない仕組みにするんです。
 また,挑審には世界挑戦の妥当性を審議するだけでなく,ボクシング界の様々な問題点,改善策,将来を見据えた戦略を審議する機能を持たせればいいでしょう。

ベクトルを合わせろ

 一口に世界挑戦資格と言っても,いざ決めるとなると非常に難しいものがあります。まず挑審を設置し,具体的な資格を含めて進め方を早急に議論するべきです。私もいろいろと考えて見ましたが,ピッタリするものが浮かびません。具体的には世界ランキング10位以内に名を連ねていて,かつ@・Aのいずれかの条件を満たす者に,挑審にお伺いを立てる権利を与えるといいでしょう。
   @直近1年以内に日本王座を保持していたこと(それ以外には世界挑戦を認めない)
   A東洋王者は直近1年以内に日本王者に勝っていること
 悲しいことですが,特に現在の東洋王者ほど信用できないものはありませんね。したがって,Aの条件も必要かと思います。防衛回数や連勝記録を資格要件に据えることは効果的ではありません。防衛回数や連勝記録によって機械的に判断することは避け,その部分については挑審に委ねるべきです。
 前述のマラソン,大相撲,大学受験のように具体的な数字でボーダーラインを引くことができないところにボクシングの難しさがあります。しかし,資格や数字で割り切れないからこそ挑審が必要なんだと思います。まず最低ラインとしての資格を有する選手に対して挑審への諮問を許可するんです。資格や数字だけで割り切れない部分を挑審というマナ板に乗せるわけですね。
 繰り返しますが,ここで私が言っている世界挑戦資格とは,あくまで世界挑戦の許可をもらうために挑審に諮問する資格です。最終的には挑審の許可が出て,挑戦できるんです。

 私は現在のボクシング界の低迷の最大の要因は,『一元化』ができていないことにあると考えます。統括されているように見えて,実はまったく統括されていないんです。あちこちで火を噴いている判定問題にしても無秩序な世界挑戦にしても,一本筋が通ったところが全然ないと思いませんか?指揮系統がバラバラで,ベクトルが全然合っていません。こんなことで改革が進むはずがありません。ここを改め,確固たる思想のもとにボクシング界を一本化し,厳しく統括しない限り,低迷から脱することは不可能です。挑審の設置はそのための一つの手段でしかありません。
 K-1をはじめとする新興格闘技はかなり明確な方針のもとに一丸となっているように見えます。戦いは綱引きです。全員が同じ方向を向き,『ワッセワッセ』の掛け声にタイミングを完全に合わせ,正しいフォームで引かなければ綱引きに勝てるわけがありません。日本ボクシング協会には強力なリーダーシップが求められています。


     参考資料:
     1) 第57回福岡国際マラソン選手権大会開催要項
     2) インターネット 初歩の初歩  〜大相撲・記録きろく〜
     3) 河合塾Kei-Net



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(9) 主催者は終了時間に配慮を
底辺拡大のために

実りの秋

 2004年秋の日本ボクシング界はなかなかの好カードが目白押しで楽しみです。10月30日の両国国技館では中島吉兼vs.西岡利晃,仲里繁vs.木村章司,長谷川穂積vs.鳥海純という日本人の世界ランカー同士というファイトが実現します。まさにファン垂涎の黄金カードであり,メインイベントの世界戦(新井田豊vs.ファン・ランダエタ)よりもアンダーカード3試合に話題が集中している状況ではないでしょうか。
 国内のライバルとの対決を避けて,どちらかというと経験不足のまま安易な世界戦に挑んで敗退するパターンが多い中,堂々と国内最強を決する場に立とうとする各選手と陣営の勇気に拍手を送ります。まさにファンのニーズを真摯に汲んでくれたものと最大限の感謝をしたいと思います。この企画が成功し,起爆剤となってボクシング人気復活の狼煙にならんことを祈ります。

大之伸vs.榎戦が呼んだ波紋

 その前哨戦ともいうべき好カードが9月4日の日本フェザー級タイトル戦で実現しました。無敗の王者・大之伸くまに対して,これも無敗の強打者・榎洋之が挑む一戦です。後楽園は超満員のファンで膨れ上がりました。私もリングサイドで観戦しましたが,プライドとプライドの激突のような期待に違わぬ熱戦となりました。結果は御承知のとおり,初挑戦の榎が9回に劇的なTKO勝ちでタイトルを奪取しましたが,大之伸も王者のプライドを存分に見せて応戦し,試合は大いに盛り上がりました。生観戦したファンの大半は大満足だったと思います。

 しかし,この大之伸vs.榎戦,せっかくの熱戦が思わぬ波紋を呼びました。当日はCS日本(G+)で生中継されましたが,放送時間の枠内に収まらず,肝心な場面で”尻切れトンボ”になってしまったのです。
 原因は試合開始時間の遅れです。アンダーカードが長引き,大之伸と榎のリングインが始まったのは9時15分過ぎだったと思います。9回にダウンを喫した大之伸が連打に晒され,福間スポーツ陣営がタオルを投入した頃には10時の時報が目前でした。歓喜の応援団の祝福の中,新王者・榎が認定証を受け取り,テレビのインタビューから解放された頃には10時を完全に回っていましたし,私が足早に人込みを掻き分けてJR水道橋駅のホームに立ったのは10時20分頃だったと記憶しています。
 実際,私の左隣で観戦していた女性ファンのグループは9時30分を過ぎた頃には帰宅時間を気にしたのか,盛んに時計を見ていました。彼女たちは結局劇的なフィニッシュを見ないうちに,泣く泣く席を立ったのです。
 G+の放送が尻切れトンボになり,それならばと深夜の日本テレビの録画を試みた人も多かったと思います。ところが野球中継が15分延長されていたため,再生してみたらこれも尻切れトンボだったという笑えない話も聞きました。

試合終了時間はファン層拡大に不可欠

 フィニッシュまでもう少しというところで無情にも放送を打ち切ったG+にはブーイングが集中して当然です。もう少し臨機応変に対応してもらえればと思います。しかし,私はテレビ局以上に主催者に注文があります。
 アンダーカードが長引いたとはいえ,メインイベントの開始が遅すぎます。これでは終了時間が10時を回るのは当然です。せっかく駆けつけたファンが帰宅時間を気にして観戦に集中できないのでは困ります。
 それは単に個々のファンの都合のためという理由だけではありません。試合終了時間が遅くならないように配慮し,それをキッチリ管理することは遠隔地のファンの取り込み,ひいてはファン層の底辺拡大にもつながるからです。試合終了時間が読めない野球と違い,ボクシングの場合は最悪でもここまでには終わると言う”読み”ができるはずです。

 後楽園ホールでの土曜日のダイナミックグローブを静岡から観戦に来たファンのケースを考えてみましょう。この人がその日のうちに帰宅するには東京駅から新幹線を利用するしかありません。下の表は後楽園ホールの最寄駅であるJR水道橋駅からの乗り継ぎの一例を示しました。これでも東京駅の構内を新幹線のホームまで猛ダッシュしなければなりません。試合終了が10時を回ってしまったら,この人はその日のうちに帰宅できません。そうなると生観戦を楽しむためには一泊しなければならないんです。

水道橋〜東京〜静岡の乗り継ぎ
水道橋駅・発 東京駅・着 東京駅・発 静岡・着 新幹線
21:13 21:24 21:30 22:25 ひかり291号
21:20 21:28 21:40 23:01 こだま535号
21:55 22:05 22:10 23:29 こだま537号

 これでは遠隔地のファンは取り込めませんね。東京から福岡への出張でも日帰りが常識の世の中で,静岡から一泊を強いるというのはあまりにも時代の趨勢から乖離しているように感じてなりません。終了時間をうまく設定してキッチリ管理してあげれば,静岡のファンあたりまでは生観戦+即日帰宅という道が開けるはずです。
 また,10時を回るようなイベントでは中学生・高校生が安心して観戦できません。以前から何度も取り上げていますが,底辺拡大のためには未来のボクシングオタクを増やすことが重要です。それには親が安心して子供を後楽園に出せる時間設定が不可欠です。
 メインイベントの開始は8時30分,すべての終了時間は遅くとも9時30分を目標にして頂くように主催者には配慮をお願いしたいと思います。

土・日は試合開始時間の繰り上げも

 さらに言えば,平日はともかく土・日の興行ならば試合開始時間を早めることを検討してみてはどうでしょうか。『5時30分開場+5時50分開始』という現行のパターンを1時間繰り上げるだけでもかなり違うと思います。
 ちょっとした配慮がファン層拡大につながります。はじめからダメと決めるんじゃなく,やってみて問題が出たら問題点を改善すればいいんです。それでもダメなら元に戻せば良いと思いますが,どうでしょうか。
 これから好カードが目白押しで,人気復活への突破口ができそうです。好カードや低価格は不可欠ですが,それだけですべてが解決するわけではありません。細かいところへのちょっとした配慮の積み重ねを怠らないことが重要だと考えます。


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(10) ゲストの起用は慎重に
試合の映像は国の宝

 近所の量販店に行くとビデオデッキやDVDレコーダーが所狭しと売られています。これらの機器の普及により,ファンは好きな選手や感動した試合を何度も繰り返して見られるようになりました。
 私がボクシングを見始めた昭和30年代はこんな便利なものはなかったので,今夜は世界戦という日には朝からソワソワして早く帰宅し,夕食も風呂も済ませ,家族全員でたった1台のテレビの前に陣取るのが恒例の行事でした。今から考えると隔世の感があります。
 私は収集癖を持っているわけではないですが,やはり好きな選手や名勝負の映像は人並みに残しておきたいという願望はあります。それだけに,試合の放送や映像には格別の愛着やコダワリを持っています。ビデオテープが劣化し,カビなどにやられてしまったこともあり,最近DVDレコーダーを購入し,コツコツとデジタル化を始めています。

 ダビング作業をしていて気づくことがあります。ゲストとしてボクシングとは無関係な芸能人がノコノコ現れるケースが多いことです。
 
こういうケースで最も困るのは,ゲストとして起用したタレントが後に不祥事を起こした場合です。典型的なのは畑山隆則vs.コウジ有沢戦(1998年3月)ですね。この試合の放送ではタレントの田代まさしがゲストとして起用されました。試合そのものは世界戦以上と言える白熱戦になりました。しかし,後に田代まさしが覚醒剤常習で転落して行ったことは御存知のとおりです。こうなるとせっかくの名勝負の映像がブチ壊しの傷モノになってしまうんですね。
 犯罪者にならないまでも,タレントは浮き沈みがありますから,30年後に映像を見たときに誰なのかわからないようでは困ります。私はこの試合の映像をダビングするときに,田代まさしが絡んでいる部分をすべてカットしました。結構たいへんな作業でした。
 単にその時点の話題性だけでゲストを起用するのではなく,テレビ局には先々のことも考慮して人選して欲しいと思います。ひょっとすると日本ボクシング界全体の財産とも国の宝とも言えるほどの映像になるかも知れないですから,そういう自覚を持ち,ホントに慎重な人選をお願いしたいです。



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(11) カード変更は確実に広報を
最低限の礼儀

怒りの書き込み

 当サイトの掲示板の複数の常連さんから,憤懣やる方ないという気持ちをぶつけた怒りの書き込みがありました。ある興行のセミファイナルに出場する選手を見たくて後楽園に出動したのに,そのカードが消滅していたというのです。会場入り口のポスターには変更がなく,お目当てのセミファイナルの表示はそのままだったとのことでした。それでいて入場時に配布されるパンフレットに当のセミファイナルが消えていたこと,場内でのアナウンスもなかったということがさらに不満を増幅させたようです。
 複数の常連さんがそのように証言しています。これらの常連さんはいずれも熱心にボクシングを見て,いつも真摯な意見を発表されている方々です。その証言は事実であると受け取っています。
 入り口のポスターにはお目当ての試合の宣伝があり,実際に入ってみたらそれがない・・・・・敢えて書きませんが,この状況からは様々なことがいくらでも悪く解釈されてしまいます。これが事実だとすれば,非常に由々しき事態だと言わざるを得ません。

やる気になればできる広報

 負傷などの理由で急に試合ができなくなるアクシデントはあるでしょう。予定されていた外国人選手の急な来日不能もあるでしょう。それらは仕方のないことです。
 しかし,公表されていた内容に変更があった場合,主催者にはファンに対して説明をする義務があります。金を払わせているわけですから,当然の義務です。今回はその説明責任が果たされていたのか非常に疑問です。
 誠意のある説明をしていれば,ファンは納得するものです。それをしないから不信感を招くのです。その気になれば,やり方はいくらでもあるはずです。私が思いついた方法を列挙してみましょう。ひとつだけでは効果がないとなれば,これらを併用すればいいのです。

    @ポスターに上から訂正の紙を貼る(書いて上から貼るだけ・・・子供でもできること)。
    A入り口で配布するパンフレットに経緯の説明と訂正の文を添付する(紙1枚作文して,コピーするだけ)。
    Bチケット売り場や会場入り口でアナウンスする。
    Cリングアナウンサーがリング上から経緯と変更内容を説明する。
    D協会,関係ジムのウェブサイトでお知らせをする。
    Eスポーツ紙各社に要請し,ウェブサイトの格闘技のページに変更内容を掲示してもらう。
    Fいろいろな私設ウェブサイト(私のサイトもその一例)の掲示板に書き込みをして広報を行う。

 試合当日に急に変更せざるを得ない場合でも,やれることはいくらでもあるはずです。
 @は紙に書いて糊で貼るだけです。A〜Cも簡単です。これらは必須であり,金を払っているファンに対する最低限の礼儀でしょう。
 D〜Fはインターネットの活用の問題です。協会も最近はウェブサイトを持っているようですが,ただ設置してあるだけというのが実情で,お世辞にも有効活用されているとは言えません。ホントにインターネットを活用する気があるのか,非常に疑問です。これでは時代の流れに取り残されてしまいます。
 Eは記者席があって必ず関係者が座っています。サイト上のスペースの問題もあるでしょうが,緊急事態ということで双方で話し合って有効に活用して欲しいものです。
 Fのように,私のサイトを活用して頂くことは大歓迎です。単なる営利目的の宣伝はお断りしていますが,大事な緊急のお知らせに使って頂くことは一向に構いません。
 ファンの側にもやるべきことはあります。こういう怠慢行為に対してもっと声をあげるべきだと考えます。その厳しさが伝わらないから,いつまでも業界が変わらないという側面があると思います。同じ興行の世界でも,演劇やコンサートで出演者が急に出られなくなったら大騒ぎになるでしょう。ワイドショーでのお詫び会見に始まり,代役の手配,プログラムの差し替え,果ては料金の払い戻しに至るまで主催者は東奔西走します。

モラルの低下は崩壊の前兆と心得るべし

 マンションやホテルの構造計算偽装事件,東横インによるホテルの不正改造事件,その他数々の食品の偽装問題・・・・・最近世間を賑わせている一連の不正事件の根底にモラルの低下があることは確実です。『和牛と表示されている米国産牛肉』だと割り切って食べる・・・・・そうなってしまったら,これほど悲しいことはないでしょう。彼らは承知の上で不正を働いていますから,非常に悪質です。間違いなく市場からの退場を余儀なくさせられるでしょう。
 ボクシング界もこれを対岸の火事と考えてはいけません。チケットを売り,好ファイトを提供し,利益を得るという一連の商行為はファンと業界の信頼関係がなくては成立しません。
 アクシデントを起こさないことよりも遥かに重要なのは,アクシデント発生後の迅速で誠意ある対応です。どんな業界でも,モラルの低下は崩壊への入り口であると考えるべきです。人間の名に恥じぬよう誠実にやっているか否かを神様は見ています。


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(12) 審判員の安全確保を
ブレイクの手順は明確であるか


 2007年8月4日に後楽園ホールで行われた亀海喜寛vs.近藤康弘の8回戦で前代未聞のアクシデントがありました。ここで経過をお浚いしておきましょう。
 3回終盤に揉み合いになり,ブレイクしようとウクリッド・サラサス主審が両者の間に割って入りました。この瞬間,ブレイクの指示に気づかなかった近藤が放った左フックがまともにサラサス主審の右アゴを直撃したのです。たまらずキャンバスに沈んだサラサス主審は起き上がろうという意思を見せましたが,再びキャンバスに突っ伏してしまいました。その後朦朧としながら辛うじて立ち上がりましたが,足元が定まらず,抱えられるように降板。南側のリングサイドに陣取って副審を務めていた土屋末広氏が咄嗟の判断でリングに上がって時計を止めて試合を中断させ,控えていた審判員のビニー・マーチン氏が交代して主審を務めました。
 結局,試合は4回に亀海が鮮やかなTKOで近藤を仕留めました。サラサス主審は精密検査のために病院に直行しています。

 試合中に選手のパンチが主審に命中した最近の事例としては,福島学vs.ヨックタイ・シスオーの10回戦(2004.2.21)が知られています。3回終了のゴングと同時に割って入った浦谷信彰主審の顔面に勢い余ったヨックタイの左フックがヒットしたものです。浦谷主審の左目下が腫れ上がりましたが,この試合では主審が交代することなく試合は続けられました。
 他にも主審がアキレス腱の負傷によって交代した事例はありますが,主審が”ノックアウト”されて試合続行不能に陥ったのは今回が初めてです。

 想定外の緊急事態に迅速かつ的確な処置をした土屋副審を始めとするJBCスタッフの対応は鮮やかでした。中断の時間は最小限に食い止められたと言えます。
 しかしながら,私は安全確保の観点から大きな課題が残ったと考えます。問題の場面を検証してみましょう。
 この場面におけるサラサス主審のブレイクの声とジェスチュアが明白ではなく,近藤にはその意思が伝わらなかったものと見られます。
 さらに悪条件が重なりました。ブレイクの直前に下を向いてしまった近藤は亀海の二の腕の下に潜り込む形になりました。つまり,割って入ったサラサス主審の姿を認識できない状態になっていたのです。
 この場面でサラサス主審は自分を認識できる亀海の方を制してブレイクをかけています。結果論になりますが,ここではサラサス主審の挙動を認識できない状態にある近藤の方を優先して抱きかかえることによってブレイクをかけるべきでした。

 プロボクシングの試合では,各ラウンドの終了ゴングの10秒前に拍子木が打たれます。これはゴング後のパンチによる事故を防止するべく,主審に終了ゴングと同時に割って入る心と体の準備を促すためです。これが安全への配慮であることは明白ですが,危険なパンチの交換の中に割って入る手順を誤ると今回のような事故が起きます。JBCには主審の安全確保のために,再度両選手の間に割って入るための手順を明確にして周知徹底させることが望まれます。具体的には下記の2点が考えられます。
   @ 大きな声とジェスチュアでブレイクの意思を伝える。
   A どちらの選手を優先的に制してブレイクをかけるかの手順を明確にする。
        ・攻撃態勢に入っている選手
        ・主審の動作を認識できない状態にある側の選手

 安全確保と言えばどうしても選手が主体になりますが,審判員の安全確保にも目を向けるべきでしょう。今回の事故を教訓にして改善につなげることが必要です。
 心ないリングサイドのファンから近藤に対して罵声が浴びせられましたが,完全に死角に入っており,近藤本人は責められません。この場合は不可抗力と見るべきでしょう。



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